海外生活の現実 良い?悪い?
たくさんの日本人が憧れ、夢を抱く海外生活、果たしてその現実は?イギリス語学留学、アメリカ大学院留学、日本とカナダ両方の企業でエンジニアとして就職、仕事を経験した著者が語る、海外生活の現実とは・・・
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アメリカ到着
8月17日、飛行機を降りたときには、とうとう地球の裏側に一人で来てしまった、今回は旅行ではなく、ここに住むのだ、その当たり前の事実を信じることができませんでした。自分は会社を辞めて何をやっているのだろう、本当にこんなところに来てしまってよいうのか、でも自分が来たくて来たのに、などと感慨深くなり、少し涙が出そうになりました。

入国審査場につき、学生ビザの手続きは始めての経験なので少し緊張しましたが、思ったよりスムーズに行き、最初の2週間の間、滞在させてもらうことになっていたアメリカ人の友達が迎えに来てくれていました。アパートに契約して入居するまでの間の数週間、とりあえずそこに居させてもらうことになっていました。時刻は夜で薄暗く、その空港から車で約30分、家まで連れていってもらいました。車の中で、その友達が、過去に銃を突きつけられたという経験がある、と聞き、少し心配になり、車の周りから誰か出てきたらどうしよう、などわけのわからないことを考えていました。おそらくその時の私は不安だらけだったのでしょう。

時差ぼけに弱い私ですが、その夜は不思議と朝6時まで眠れました。とくに最初の1,2日は何もする予定はありませんでしたが、インターネットや電話で日本の家族と話すことが出来たので、気持ちは落ち着いていました。当たり前のことですが、タダで滞在させてもらう以上、迷惑だけはかけまい、と思っていました。そのときふとイギリスでホームスティしていたころを思い出しました。10年前、イギリスのホームスティで、どうやって家族に迷惑をかけないように過ごすか、あのときも同じようなことを考えたなと、何気なくそれを思い出しました。そして、家の外にでてみたら、彼の土地の大きさに驚きました。おそらく150m先まですべてその人の土地でした。正直、将来自分もこんな大きな土地をもてたらいいなと、うらやましく思いました。

ゆっくり体を休めたあと、まず始めに車探しをしました。とにかく早く車を購入することが自分の行動範囲を広く、そしてスムーズにすると思っていたので、そう決めていました。事前に予約を取っていたHondaとToyotaのディーラーを訪れました。日本でも新車を買った経験がなく戸惑いましたが、とりあえずその日は車種、値段等の情報を得て、引き返しました。

そして、自動車保険の申し込みをしようとしました。実は、自動車保険、免許、自動車、どれが先に来るか、つまり、自動車保険がないと自動車は買えないのか?自動車がないのに自動車保険を買えるのか?免許がなくても自動車は買えるか?国際免許は持っているがどうか?など、まだわからないことが多かったので、調査を始めました。ところが結局、始めにしなければいけないのは自動車保険で、電話とFaxで申し込めばすぐに有効、ということがわかったので、インターネット経由で申し込みをしました。ちなみに、住所は、まだ契約を終えていないアパートの住所、電話番号は宿泊先のホテルの電話を使いましたが、何とか契約を結ぶことができました。

あとは車を買いさえすればもう乗れるぞ、と思いながら、午後、メトロという地下鉄に乗り、前日訪問したHondaに一人で行きました。ある程度、Hondaのシビックを買おうと決めていたのですが、私は、この値段にしないとToyotaのカローラを買うぞ、と言い張り、セールスの人が迷う素振りをすると、逆に私が店を出てToyotaヘ向かうふりをしたりして値切り交渉をし、結局、16000ドルでシビックの購入契約をしました。そして、いつから乗れるのか、と聞くと、何と答えは今日、ということでした。本当に今日から乗れるのか、と冷静に考えましたが、自動車保険も手続きが完了しているので、本当に乗れそうな気がしてきました。どうせ購入契約をしてから数日かかるだろうと覚悟していたので、良い誤算でした。とりあえず5時間程度に及んだ様々な手続きを終えて、ホテルへ車で帰りました。

やはりアメリカは車社会で、車がないと移動にとても不便です。そのときワシントンDCの地下鉄の駅近郊に6泊の予約を入れていたのですが、車があるからここに泊まらなくてもよいのでは?と思いつき、そのホテルの残りの日数をキャンセルし、少し街から外れて大学に近く、しかも安い場所にホテルを予約しました。

その夜は、契約第一候補にあげているアパートでパーティがあり、その日に申し込めば500ドル家賃から割引してくれるキャンペーンがあったので、早速その車でアパートへ出かけました。しかしそこで新たな問題が発生しました。私はそこでは大学院生で収入がないため、アパートが受け入れてくれないというのです。しかし、もし他に友達等で、Co-signというのですが、万が一自分がアパートから逃げ出したりした場合、アパート代支払いを保証する、というサインがあれば、受け入れられる可能性もある、ということで、後日其の情報を持って出直すよう言われました。ちなみに500ドル割引については、契約が出来なかったが、あとでひいてもらえる、ということも確認しておきました。

翌日、予約した安いホテルへ向かい、チェックインしました。その日は大学院のオリエンテーションがありました。昼まで休養をとったあと、どんなオリエンテーションなのか、日本人はいるのか、などと不安を持ちながら、大学キャンパスへ到着しました。まず、計画していた通り、本屋で授業のテキストを買いました。クラスの番号を調べ、それに必要なテキストを買いました。早いうちにテキストの内容を読んで、クラスの大まかな内容を知っておきたかったからです。テキストは1冊80-120ドル程度でした。

オリエンテーション会場へ着いてみると、今まで語学留学等で経験したオリエンテーションに近く、少し安心しました。日本人は全くいませんでした。最初は適当に立食形式で食事をとり、そこでは同じ学科のシンガポールやビルマからの留学生と話しました。最初は二人とも外人で自分と同じ、と思っていましたが、二人ともグリーンカードを持っている、もしくはアメリカ市民であることがわかりました。色々なことを話して、緊張はかなり取れました。

実は、まわりの学生は思ったよりたいしたことないぞ、とも少し思っていました。私は仕事で様々な人と英語で会話してきた経験があったので、少し話せばその人の経験、能力について想像することが出来ました。アメリカの大学院生は相当頭のきれる人ばかりそろっているのでは、と心配していたのですが、実際はそうではありませんでした。でもその年齢層の高さには驚きました。なんと上は60歳近い生徒までいました。平均年齢は30歳くらいだったと思います。食事の後は、Formalな説明会があり、学長や教授のスピーチがありました。Student ID、健康保険、ビザの登録など、必要書類手続きを、いつどこで何日以内にするように、といった説明もありました。思っていたより英語で理解するのに問題はなく、安心しました。

次の日、契約のためにアパートへ再訪問しました。Co-signの件は、前日に別の友達へ連絡を入れ、インターネット経由で必要な書類をアパートへ送ってもらったのです。小さな問題としては、料金支払いのためにMoney Orderというものを購入する必要があったので、近くのスーパーへそれを買いに行きましたが、それ以外に大きな問題はありませんでした。契約は無事に終わりました。仕事経験上、少しは契約の知識もあったので、スムーズに契約を済ませることができました。アパート代は最初の2ヶ月は無料、3ヶ月目に500ドル割引、その後は1395ドル、で契約しました。

その日の夜、別の現地友達と夕食の約束があり、Virginia州のとあるショッピングモールで食事を取りました。いろいろアメリカでの生活について聞きましたが、最も印象に残っているのは、DCの南東には危険な地域が多く、カーチェースを見たことがある、そのエリアの高速道路に乗ると、治安が悪いからそこでは降りるな、という標識がある、と言われたことでした。さらに、自分が泊まっていたエリア、Collage Parkもあまり安全ではないと言われ、かなり怖くなりました。食事を終えたあと、Collage Parkのホテルへ戻りましたが、私が宿泊するホテルの前には大きな黒人が数人立っていて、私が車で駐車場へ入るとこちらを見てきて、とても怖い思いをしました。まさに友達に言われた通りでした。翌日以降の予約をキャンセルしました。やはり安いホテルがある場所というのは治安の悪い地域である、というのがアメリカの常識のようです。すぐにそのホテルの残りの宿泊をキャンセルしました。

翌日は、インターナショナル生徒向けのオリエンテーションがありました。そこには日本人も2人いました。周りにはあまり英会話のできない生徒もいて、内心、かなり安心しました。オリエンテーションでは、主にビザ関係の話、健康保険の話、セキュリティ、などについて説明を受けました。

さらに、キャンパスに入っているChevy Chase Bankという銀行で口座を作りました。私のアパートが新築で、新しく作られた道に建てられているため、住所検索しても出てこない、と言われましたが、なんとかマニュアルで住所を入力し、口座を作ることができました。なぜそこまで銀行口座作成を急いだかというと、日本から早く送金をしたかったからです。自動車代が思ったよりも高く、持ち合わせのお金では授業料を払えなかったのです。

翌週には、アパートの電話の契約手続きを始めました。Verizonという電話会社に電話をしてサービス開始手続きをしたのですが、これがとても複雑でした。初期費用として75ドルと、Depositを50ドル払うように言われたので、近くの電話代支払いを取り扱う店に行き、支払いました。とにかく電話でのやり取りで、支払い場所の住所や金額などを聞くのに苦労しました。また、その時ちょうど現金の持ち合わせがなく、トラベラーズチェックしか持っていなかったため、100ドルのトラベラーズチェックを使ってスーパーで水とケチャップを2回にわけて購入し、おつりをCashで手に入れました。色々苦労しましたが、何とか電話手続きを終え、アパート入居日の翌日に工事に来てもらい、開通できることを確認しました。さらにDSLインターネット接続の手続きを同じくVerizonへ申し込んでおきました。

さらに、携帯電話を購入しました。以前から携帯電話については調査していたのだが、アメリカではSocial Security Numberという番号が全てのアメリカ在住者に与えられており、それによってその人のCredit Historyという過去の収入、クレジットカード支払い等の経歴がわかるようになっています。それを持っていないと通常の携帯電話は買えない、ということがわかっていました。しかし、Prepaid式の携帯電話ならそれがなくても買えます。1日のうち最初の4分までは1分25セント、その後は1分10セントというもので、使わなければ無料、つまり基本料金はかからない、という契約内容でした。あまり携帯を使わないと予測される自分にはぴったりでした。その携帯電話の登録もインターネットで行いましたが、ちなみにアメリカでは、水道、電気、ガス、携帯電話など、ほぼすべての手続きがインターネットで行えます。

その週末には、マイナーリーグ2A、つまり大リーグ野球の2軍の試合を見に行きました。2Aの試合ということもあり、周りには選手の家族がたくさん見に来ていました。また、ファンサービスが多かったです。大リーグでは野球の技術を魅せることが出来ますが、2Aはただ野球を見せているだけでは観客が飽きてしまうので、ファンサービスとして、景品を観客席に毎回のように投げ込んだり、球場で子供の運動会が始まったりと、大リーグとは雰囲気が違いました。さらに観客席では、選手の家族とその仲間が交わす話が聞こえてきました。2Aの野球選手は、昼間はマクドナルドでバイトしている、また、1試合あたりの給料は30ドルだと話していました。信じられないくらい少ない額ですよね。大リーグの2軍は厳しい世界だと聞いたこともありましたが、本当にかなり厳しい世界のようです。

いよいよアパート入居日がやってきました。友達の家からアパートまで運転している間、ふとしたことを考えました。今、全ての自分の荷物がこの車の中にあります。パスポート、ビザ、日本の免許、アパートの契約書、など、とにかく自分に関するすべてがその車の中にありました。例えばもしこの車が今、燃えてしまったら、自分はどうなるのだろうと、考えました。自分だけ残ったらどうなるのだろう、もしくは、自分も燃えてしまったら?と、おかしなことを考えていました。もしかしたら自分がとんでもない冒険をしているのかもしれないなと考えながら、アパートに無事到着しました。

ようやくアパートに入居した後も、家具や生活用品がそろっておらず、部屋はほとんど空で、最初の数ヶ月は週末のたびに買い物へ出かけました。生活に慣れるまでの数ヶ月はとにかく大変なことが多かったです。しかし、日本にいる間に、だいたい何をどう手続きを進めていけばよいか、計画表にまとめていたので、完全にそれ通りに進んだわけではありませんが、その計画表はとても役に立ちました。

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