海外生活の現実 良い?悪い?
たくさんの日本人が憧れ、夢を抱く海外生活、果たしてその現実は?イギリス語学留学、アメリカ大学院留学、日本とカナダ両方の企業でエンジニアとして就職、仕事を経験した著者が語る、海外生活の現実とは・・・
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アメリカ大学院へ挑戦、不合格、そして再挑戦
日本の企業へ勤めはじめておよそ3年が経ち、海外での就職を調査し、仕事探しをしてはみるものの、英文履歴書を送っても返事は全く返ってきませんでした。おそらく200通くらいは送ったと思います。唯一、カナダのある同業種の会社が電話面接に応じてくれたくらいでした。海外での就職をほぼあきらめ始め、今の自分の能力では不可能であると感じ始めた2001年の夏、一つの大きな決意をしました。アメリカの大学院へ行こう、という決心でした。アメリカの大学院へ行って卒業すれば、1年間学生ビザで合法に働けるというのを知っていたからです。アメリカ大学院へ行けば何とかなるのでは?と思い、それに人生賭けてみよう、もし現地で仕事がなくても、大学院留学は良い経験になり、その後の日本でのキャリアにも役に立つだろう、悪いこと、失うことは何もないと思ったのです。

さて、行こうと決心したところまでは良かったのですが、どの学校へ行けば良いのか、入学には何が必要なのか、お金はいくら必要なのか、外人でも入れるのか、など、色々なことを調査する必要がありました。その中でも学校選びは苦労する人が多いですが、私の場合、US Newというアメリカの新聞社のサイト、America's Best Graduate Schoolsを参考にしました。

私はこのUS Newsが出版している本をアメリカで購入して、出願先を決めました。そして、大学院に入学するには、2つの試験を受ける必要がありました。英語の試験TOEFLと、大学院入試に必要なGREという試験でした。TOEFLは過去に受験したこともあったので何も準備せず、GREについては全くそれがどんなものかを知らなかったので、書店で参考書を買い一通り練習問題をやってから、2つの試験を7月に受験してみました。

GREは、数学、と知能テストのようなもの、英語の3部で構成されており、数学に関しては満点の800点で、アメリカ人がほとんどを占める受験者の中でも最も成績の良い2%に入る、という好成績を取ることができました。知能テストは640点で、上位15%くらいでした。そして、英語は280点で、最も成績の悪いほうの2%でした。まあ現地のネイティブの人と同じ試験を受けているのである程度仕方無いとは思いました。まあこのスコアであれば大学院に入れるだろうと自分で勝手に思い、それでGRE受験は終了としました。

TOEFLについては、英語の読み・書き・文法・リスニングの試験でしたが、実はスコア結果が受験後すぐにわかるのですが、とても悪かったのです。前回受験した6年前からほとんどスコアがのびておらず、そのスコアではアメリカの大学院へ行けないくらいほどのものでした。なぜかというと、TOEFLの試験内容が6年前から大きく変わっていて、特にリスニングが大きく違っていて、それについて全く準備をしていなかったからです。リスニング試験は、コンピュータの画面に教授のような人が出てきて、ある話題、例えばAmerican History、について話し始めます。そこでその教授はなんと5分程度もの長い間、話し始めたのです。私は20秒程度のものかと思って聞いていたのでした。そして、その5分が終わった後、話した内容について、質問が来ます。5分もの長い時間話すとは思っていなかったので、5分前に教授が話したこと、全然覚えてなかったのです。とまあ、それは言い訳に過ぎませんが、とにかく英語にはある程度自信があったのにもかかわらず、その結果にショックを受けました。願書提出期限まであと数ヶ月ということもあり、すぐにTOEFLの参考書を買い、毎日通勤電車の中でカセットテープを聞き、2ヵ月後、再受験しました。その結果、2回目では、なんとか多くの大学院で最低限必要となるスコアを取得できました。2つの試験を受けたあと、これで大学院へ行けるかな、と少し心の中では思っていました。

その後さらに大学院入学に必要な書類を集めました。大学教授や仕事の上司からの推薦書3通、大学の成績証明書と卒業証明書、履歴書、エッセイなど、時間と労力のかかるものででしたが、なんとか11月には全ての書類を用意しました。出願はカリフォルニア州立大学の3校にしました。カリフォルニアを選んだ理由は、社会人時代に知り合った現地の会社でのアメリカ人友達が多く、将来仕事を探すときに役に立つと見込んでいたからでした。当時は、適当に必要書類を集めて提出しておけば、業務経験もあるし、ある程度良い日本の大学を卒業しているのだから、たぶん合格するであろう、と思っていました。

しかし、4月に送られてきた薄いエアメールには、すべてWe regret to inform you … で始まっている書類が1枚だけ入っていました。それを3通、受け取るたびにショックを受け、もう将来自分の生きる道がない、このまま今の日本の会社で定年まで働くのか、と自分を追い込んでしまいました。それと同時に、どうして合格しなかったのか、理由が全くわかりませんでした。

その後は日本で平穏な普通の生活を送りました。まだカナダの会社からオファーをもらえるかもしれない、という期待と、来年こそは必ず合格してやろう、という2つの思いを抱いていました。もちろん同じことをやっては合格しないことも、十分わかっていました。2002年の夏になり、仕事のほうが少し忙しくなってはいましたが、再チャレンジに向けて、様々な手段を検討し始めました。

まず、なぜ昨年度不合格だったのか、を徹底的に原因調査することにしました。インターネットでその原因調査をしているうちに、大学院出願準備をサポートしてくれる学校が幾つか見つかりました。その中でもPrinceton Reviewというアメリカの大学院入試をサポートしてくれる学校を見つけ、とりあえず無料説明会に参加してみました。そこでアメリカの大学院の出願書類について一つづつ説明がありました。その説明のなかで、自分の出願書類の中での不合格の原因を発見したのでした。

それは自分が不合格となった理由のうち、全く考えてもなかったエッセイでした。エッセイとは、アメリカの大学院で勉強するために、今までどのような事をしてきたか(学生時代・社会人時代)、将来何をしたいか、将来それをやるために大学院で何を学びたいのか、というようなことを1枚の紙にまとめる、いわゆるアピールの紙、です。前年度は、エッセイは自分の過去の経験について事実をそのまま書いておけばそれでいい、と思っていたため、あまり時間をかけませんでした。それでも英文エッセイの書き方という本を買い、その中のサンプルを一つとり、それを真似して自分に置き換えてきちんとまとめていました。見栄えも良く、仕事経験なども多く書いたので、自信はありました。しかし、そのPrinceton Reviewの無料説明会では、出願書類でもっとも重要なのはエッセイである、と言われ、さらに、良いエッセイの例、悪いエッセイの例を見せられ、これだ!と気づいたのでした。そこで紹介された悪い例は、まさに自分のエッセイそのもの、ぴったりだったのです。今まで自分のアピールの仕方は完璧で、これ以上のアピール方法はないと信じていたのに、完全に自分のエッセイは悪い例として、否定されました、アメリカで通用するために、アピール方法について、もっと学ぶべきことがある、と感じました。

そして、授業料を払ってエッセイ作成講座を受けることになりました。クラスルームでの授業を受けたあとにカウンセリング数回を受ける、という2つがセットになったコースでした。クラスルームでは、生徒6名で、主にエッセイの構成について学びました。大学時代何を学んだか、社会人時代に何を経験したか、アメリカの大学院で何を学びたいか、大学院で学ぶための能力を持っているか、大学院で学んだことを利用して将来何をしたいか、さらに遠い将来自分が描いているビジョンは何か、というように時系列で、自分というものを整理しながらアピールしていく。さらに細かな例を使って説明することで、現実味をつけることが重要、などと、学ぶことがたくさんありました。その後それら学んだことを自宅に持ち帰り、自分のエッセイを書き直しました。

その二週間後、カウンセリングを受講し、エッセイを見てもらうことになりました。カウンセリングは通常5、6回程度受講するのが標準でしたが、私は既に昨年度作成し、ある程度自分で完成させる自信があったことと、自費で高い授業料を払わなければならないという理由で、1回だけ受講することにしました。アメリカでAerospace Engineeringの修士号を得ているカウンセラーを選び、アドバイスを頂きました。そこでもカウンセラーに指摘される事がたくさんあり、私はさらに自信を失いました。自分のエッセイは、赤ペンだらけになってしまいました。自分のエッセイに書かれていることに対し、疑問、反論をずばりと言われたのです。それに対して私はきちんと答えられなかったのです。例えば大学で学んだことは、今後の業務にどう生かせるのか?アメリカの大学院にはどう役立つのか?大学院で学んだことを将来どう生かすのか?そのときはその答えを自分の頭の中でさえも整理していませんでした。カウンセラーには、それを書かないと大学院が自分を取る意味がなくなる、と言われました。自信を持って臨んだはずのカウンセリングでしたが、結果は自信を失うばかりでした。しかしその後、自宅で言われた通りに書き直しました。すると自分のエッセイが全く違うものになりました。非常に学ぶことの多い1ヶ月でした。

そのエッセイを提出した結果、2003年春に、メリーランド州立大学のInformation Systems学科から合格通知をもらいました。いままで不合格通知をもらった封筒は薄いものでしたが、そのときは2センチくらいの分厚いものだったので、封筒を見た瞬間、それを開けるまえに、これはやったぞ!!!と思いました。そのときのうれしさは今でも忘れられません。

これから海外の大学、大学院へ挑戦しようと思っている方は、簡単にはあきらめず、きちんとどうすれば合格するか、もしくは不合格だった場合は何が悪くて合格できなかったのか、などを分析し、それを修正していきましょう。不合格には必ず理由があるものです。やるべきことをやって用意していけば、必ず合格するはずです。

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